HISTORY


2017年6月
リーダー佐藤浩人、還暦に達する。
当バンド2人目の大台達成者。
来年2月までに、あと2名の大台超え有り。
バンド名の“R-50”改名の危機到来。


2016年8~9月
「伊藤正純 緊急入院・手術事件」発生。
7月のCharlie’s Spotライブ後に不調を訴え、検査後に緊急入院。
9月1日に15センチほど切腹、腸を切る。
9月14日退院後4日目にしてライブ出演するも、終演後座ったまま動けず。
体力が落ち込み、チョーキング上がり切らず。


2016年6月
NICK澤野、「フライヤー担当部長」就任する。
フライヤーのご意見・苦情は澤野部長までお願いします。


2016年5月
「佐藤浩人、緊急入院事件」発生。
5月21日のライブ前日より左側顔面神経痛のような症状。
とりあえずライブもこなすも、翌々日の月曜に救急車で緊急入院。
(救急車内の動画をスマホで撮影する大物ぶりを発揮する)
軽い脳梗塞との診断に、見舞いへ来た人々へ「脳梗塞の前兆をとくとくと伝道する語り部」と化す。
とても入院生活が暇だったらしい。


2015年11月
カザフスタンへ強制連行され、毎日ツルハシでレアアースを掘っていた、堀田俊一が釈放され帰国。
だいぶ日本語が怪しくなっているため、12月のライブより合流する。
しかしながら、愛器335はカザフスタン税関にて拉致情報が続いているとのこと。
メンバー全員で日本政府に陳情に行く(ウソ)。
※ギターは12月のライブ前に無事帰国されました。


2015年11月
池尻大橋 “CHAD”公演後に
「伊藤正純 山手線にギター忘れちゃったよ事件」発生。
本人、武蔵境でラーメン大盛&ライスやけ食いして帰宅。
翌日、大崎駅忘れ物預り所にて無事確保される。


2015年11月
池尻大橋 “CHAD”公演前に
「ニック澤野 タクシーにアンプ忘れちゃったよ事件」発生。
脳の劣化、メンバーに広がりつつある。


2015年6月
阿佐ヶ谷OIL CITYにて「伊藤正純泥酔ライブ事件」発生。
本人記憶無し。


2015年3月
新境地、リズム隊無しでその名も”R-50 SMALL BLUES PROJECT”(佐藤・伊藤・澤野)が荻窪Charlie’s Spotで発進。
たまたま上京中だった博多の”レオタード・スキナード”のギタリスト寿庵皆男氏がサプライズ飛び入りで1曲演奏。


2014年12月
堀田俊一、再び凍る直前に一時帰国。
渋谷TERRAPLANEにて凱旋帰国公演。
フルメンバーでのライブは1年2か月ぶり。


2014年8月
カザフスタンのマイナス40度の中で凍っていた堀田俊一、夏の雪解けで発見される。


2013年10月26日
堀田俊一、渋谷TERRAPLANEでのライブを最後に、失踪。
一説にはカザフスタンにレアアースを掘りに行ったとの噂。
TERRAPLANEのライブは、ゲストに元ウシャコダの若山光一郎氏、アンコールにサプライズでLEOさんが飛び入りで歌う。


2013年7月14日
中野 BRIGHT BROWN にてデビュー。
特別ゲストに旧友、早崎詩生氏(SWINGIN’ BOPPERS, ROLLERCOASTER)。


2013年6月
バンド名を「セクスィー高村 & R-50 BLUES PROJECT」に決定。
セクスィー高村がバンマスだが、リーダーは佐藤浩人、という訳のわからない設定。


2012年12月7日
中目黒にて某社のクリスマスパーティに出演。
バンド名はまだ無く、「リハビリ集団」なるバンド名で出演。
ドラマーはトラの藤井雅之氏。


2012年12月1日
ドラマーをエロ・大橋に替えてセッション。
バンド化の話が進む。


2012年11月
代々木のSTEPWAYスタジオにて突然のセッションを行う。
メンツは佐藤浩人、伊藤正純、堀田俊一、澤野直樹、高村和俊。
ドラムには「BLUESを捨てた男」こと、立松裕之氏。

SEXY Takamura & R-50 BLUES PROJECT