カテゴリー別アーカイブ: R-50 B.P.

テキーラのはなし

少しテキーラの話をしましょう。
 メキシコでは昼食がメインで、夜はほとんど食べません。メキシコを16~19世紀の間支配していたスペイン人達は、元々夜9時過ぎから重い夕食を取る習慣がありましたが(今もそうです)、スペインの食習慣はメキシコには根付かなかったようです。
首都メキシコ・シティーは海抜2,200~2,300mの高地のため、大気中の酸素が平地の約四分の三しかなく、食物やアルコールの消化に長い時間を要するためと言われています。
 メキシコに初めて来た人が調子に乗って飲み食いすると、ひどい消化不良にみまわれることがあります。空気の薄い高地でいつものように飲み食いすると、消化不良を起こします。メキシコではこれを「モクテツマの復讐」と言います。モクテツマとは、スペインが滅ぼした先住のアステカ帝国最後の皇帝です。私も嫌というほど洗礼を受けました! 
 さてメキシコでのテキーラの飲み方ですが、30㎖程度のショットグラスでチビチビとストレートで食事前に飲むのが一般的です。このショットグラスをカバジートと呼びます。昔、メキシコのカウボーイ達は、牛の角にテキーラを入れて持ち歩いたそうです。カウボーイ達の馬に標準装備されていたテキーラボトルをカバジートと呼んでいたらしいです。メキシコのカウボーイはテキーラを飲んで牛を追っていたわけですね。
 通常、テキーラを頼むと、半分に輪切りにしたリモン(酢橘に似た柑橘系の果実)が付いてきます。一口テキーラを口に含み、リモンをかじる、これを交互に繰り返します。リモンに塩を振りかけてかじることもあります(掛け声とともに一気飲みはしません)。
 あるいは、テキーラと同じサイズのカバジートに注いだサングリータをチェイサーにして、テキーラと交互に飲む場合もあります。サングリータというのはトマトジュースをベースに、オレンジ果汁、チリ粉、ウスターソース、チリソース、微塵切りの玉ねぎ等を混ぜた飲料で、外見が血液(サングレ)のように見えることから、サングリータと呼ばれています。
 レストランは自家製のサングリータを出し、店により調合が微妙に違うことから味わいが異なり、お気に入りのサングリータを探すのも楽しみのひとつです。私はサングリータをチェイサーにした飲み方が好きです。
良いレストランに入ると最初に中庭かバーに通されます。そこで、自分の好みの銘柄のテキーラを1、2杯注文した後、席を移ってゆっくり時間をかけた昼食となります。
ところで、テキーラは何から造ったお酒でしょうか。次回はテキーラ誕生秘話から。

ブルースとメキシコ

アメリカという国は200年ちょっと前までは、スペイン、フランス、イギリスの植民地でした。大雑把に言えば、中西部をイギリス、カリフォルニアやテキサス辺りをスペインが、ニューオリンズがあるルイジアナ辺りをフランスが支配していました。T-Bone Walkerが”They call it stormy Monday”で”The eagle flies on Fridays”と歌ったeagleですが、米ドル札にeagle(米国の国鳥、白頭鷲)が印刷されていることからお金を意味するものらしいです。ついでに$マークのSの字はスペインのSから来たとも言われ、アメリカ大陸でスペインが勢力を持っていた時代があったことを物語っています。現にメキシコ以南は今もスペイン語を公用語とする国が多いですね。

時々ブルースの歌詞にメキシコが出てきますが、おそらくアメリカから見た60~70年前のメキシコとは、とても遠い別世界で、一度メキシコ国境を越えたら帰ってこれない所、あるいは、メキシコ領内に逃げ込みさえすれば、アメリカの警察も追ってはこれない(高飛び的なニュアンス)があったのかも知れません。アメリカ経済あってのメキシコであり、メキシコ人が沢山アメリカの大都市に出稼ぎに行っていますが、メキシコの文化や伝統に誇りを持ち、アメリカ的なものをまがい物として心の中で馬鹿にしたり、軽薄な国アメリカが嫌いなメキシコ人も結構います。Howlin’ Wolfの”Killin’g Floor”という曲にもメキシコが出てきます。

I should’ave quit you, baby, long time ago(ずっと前にお前とは手を切ってときゃ良かった)
I should’ave went on, when my friend came from Mexico at me~(メキシコの友達が俺を訪ねて来たときに一緒にメキシコに行っちまえば良かった)
~And I wouldnt’ave been here, down on the killin’ floor.(そうすりゃ、にっちもさっちも行かないこんな状況で生殺しみたいな目に合わずに済んだはずだ)

T-Bone Walkerはフランス系の血を引く黒人でした。ルイジアナ辺りはフランスの影響を残し、ハイチやアメリカインディアン、黒人などの文化と一緒になり独特の雰囲気が出来上がったのかもしれません。やはりフランス系のクリフトン・シェニエも独特です。
ルイジアナとニューオリンズは
Muddy Watersが”Louisiana blues”の中で、「Mojo handを手に入れにルイジアナに行くんだ」と歌っています。ルイジアナはブルースマンのパワースポットなのでしょうか。

“Plain old down home blues”というT-Boneの曲があります。ルンバ調のバックに乗せて、T-Boneと胡散臭いオッサンとのスペイン語の掛合いをする曲です。開脚・背面奏法などショーマンシップには天賦の才能を持ったT-Boneですが、受け狙いだったのでしょうか、あるいは、どこかで本当にラテン・コミュニティと接触があり、日常の一コマを歌ったのでしょうか。こんな感じです。完全なローマ字読みで、Rを思いっ切り巻き舌で発音するとそれ風な雰囲気になります。

オッサン    : “¡Buenas noches, Señor T-Bone!” (お晩でやす、T-Boneの旦那)

Sr.T    : “Si”(あァ)

オッサン    : “¿Porque usted no vamos por mi casa a esta noche?”(今夜あっしの家へお出なせェ、旦那)

Sr.T    :”Yeah?”(ん?)

オッサン    :”¡Si, por mi casa yo tengo una, dos, tres, cuatro, cinco chiquitas!” (そうなんでさァ。一人、二人、三人、四人、五人も可愛い子ちゃんがうちで待ってやしてな)

¿Sr.T            :”Yeah?!”(マジか?!)

オッサン        : “¿Porqeue usted no dame(mi)20 pesos?”(ついちゃあ、お代は20ペソになりやす)

Sr.T        : “What? 20 pesos?” (何?20ペソだあ?)

オッサン            : “Si, señor”(へェ旦那)

Sr. T            : ”I didn’t understand the words you said.” (意味分かんねーし)

 

おっと、ギターの話が全くありませんでした。次回に乞うご期待!!   堀田俊一

about ”R-50 BLUES PROJECT”

かつて1980年代初頭、東京のB級ブルース業界で名を馳せた50代のオジサンたちが、2012年の秋に突然復活した!

血圧や尿酸値や抜け毛を気にしつつも、地道にライブ活動を展開しています。

満身創痍の中年男性に愛の手を~!!

20131026(134)

Member

佐藤 浩人 (vocal & guitar ) 代表取締役リーダー

伊藤 正純 (vocal & guitar ) 宴会係長

堀田 俊一 (vocal & guitar ) カザフスタン訛りの国際営業部長

澤野 “NICK” 直樹 (vocal & harmonica ) フライヤー製作子会社の社長

高村 “セクスィー” 和俊 ( bass ) 取り締まられ役バンマス

マディフェイス 大橋 ( drums ) 風紀委員長

Stuff

Fujiyama Hiroko (Canon、Leica、Sonyのスマホ) 社外取締役広報室長


Special Thanks

若山 光一郎 (pf)  社外取締役焼き鳥営業本部長

早崎 詩生 (pf) 社外取締役カラオケ推進事業部長